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【佐賀県】大井手堰(石井樋〜多布施川)

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大井手幹線水路上流部(多布施川)
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■疏水の所在
一級河川嘉瀬川の下流に位置する佐賀市及びその周辺に広がる地域(約11,000ha)

■所在地域の概要
本地域は、南は有明海、北は背振山地に囲まれた温暖な地域であり、本地域の大半が河川の堆積作用と有明海の干拓によって形成され、海抜5m以下、平均勾配が数千分の一から一万分の一という極めて低平な地域である。

■疏水の概要・特徴

(1)佐賀平野の宿命
佐賀平野の北部に位置する背振山地は標高が千メートル程度と低く、広大な佐賀平野を潤すだけの十分な集水面積を持たない。その上、有明海特有の大きな干満差がもたらす自然の造陸運動等によって佐賀平野は有明海に向かって次々と拡大してきたため、農業用水の不足は佐賀平野が抱える深刻な問題であった。この農業用水の不足を補うため、昔から佐賀平野では用水・排水・貯留機能を併せ持つクリークと呼ばれる水路を網の目のように走らせ、上流で使用した用水を海に注ぎ込むまでに下流で幾度となく利用し、また、満潮時には逆潮現象によって押し上げられた河川の表流水を取水する淡水(アオ)取水も行われてきた。
一方、普段は水不足に悩まされているものの、海抜5m以下の低平地、有明海の干満差、溢れんばかりに水を貯留したクリークと大雨の要因が絡み合い、佐賀平野は水害の常襲地でもあった。水不足と水害の常襲地、相反するとも思えるこの両極端の災害が、佐賀平野が昔から抱えてきた宿命である。

(2)成富兵庫の偉業
このような佐賀平野の宿命に立ち向かっていった一人の人物がいた。鍋島藩家老、成富兵庫茂安(なりどみひょうごしげやす)である。成富兵庫は、武将としても非常に優れた武勲を残しているが、江戸期に入ると鍋島藩の家老として領国経営に手腕を発揮した。特に利水・治水に関しての業績は目覚ましく、有名な石井樋の建設を始め、河川の改修、井樋、用水路、堤防、溜池等の建設を行い、河川やクリーク、江湖(えご:干潟のみお筋が川の形で残ったもの)などを相互に連関させるとともに、厳格な用水統制を敷き、不毛な農民同士の水争いを解決しながら、限られた用水は佐賀平野全域に薄く広く行き渡らせ、また水害も佐賀平野全体で受け止めるという広大な水利システムと水利秩序を形成した。
成富兵庫が残した数々の優れた遺産の中でも代表作として知られているのが「石井樋」である。平常時には佐賀平野にまさに命の水を供給する河川である一方、ひとたび大雨が降れば荒れ狂い、洪水を引き起こす嘉瀬川本流に堰(大井手堰)を設け、「象の鼻」「天狗の鼻」と呼ばれる突堤により水の流れを変え、緩やかにし、上流から流れてきた土砂を取り除いた綺麗な水を多布施川を通じて嘉瀬川左岸の広大な水田及び城下町まで送水する。また同時に、遊水池と竹林を設け、洪水時の土砂から堰を守り、遊水池の内と外に二つの堤防を築造して河川の氾濫を防止するという巧妙な仕組みを考えたのである。
成富兵庫の功績は、名前の一部が地名や祭りに残されるなど、現在でも多くの地域で称えられている。

(3)近代農業土木技術による新たな疏水の形成
成富兵庫によって形成された水利システムと水利秩序は、300年以上に渡り佐賀平野を潤し、昭和8年から10年にかけて、電気灌漑と品種改良によって米の反収が全国一となり、佐賀農業は「佐賀段階」と呼ばれる飛躍的な発展を遂げた。しかしながら、その後の水田の拡張、有明海の干拓による農地造成のため、農業用水の不足量は年々増大し、約5年ごとに干害を被るとともに用水不足によって減収をきたす状況となり、「佐賀段階」はかつての栄光となっていった。
このような状況を受け、また、戦後の食料増産政策を契機に、昭和24年から48年にかけて国営嘉瀬川土地改良事業が行われた。この事業では嘉瀬川上流に北山ダム(有効貯水量2,200万m3)を建設して水源とし、併せて、嘉瀬川から農業用水を取水し、嘉瀬川の左岸・右岸に用水を送水する川上頭首工を築造するとともに、国及び県による約90qに及ぶ幹線用水路網が整備された。また、同時に、農業生産者は稲作の技術改善に取り組み、昭和40年から41年にかけて再び米の反収が全国一となり、佐賀農業は「新佐賀段階」と呼ばれる、再度の飛躍的な発展を遂げたのである。
こうして、成富兵庫の時代から三百年以上の時を経て、本地域には近代農業土木技術による新たな疏水が形成され、さらに、現在は国営佐賀中部土地改良事業により、川上頭首工及び幹線用水路の改修と、排水路及び排水機場の整備による排水機能の強化が図られている。

(4)人々に親しまれている佐賀平野の疏水
嘉瀬川本流から石井樋により分流し、佐賀市街地を流れる「多布施川」は、農業用水を平野東部の広大な水田へ、生活用水を城下町まで運ぶという重要な役割とともに、昔から「水清く白砂青松の川」として四季折々に変化する美しい風景とともに人々に親しまれてきた。現在においても、その役割は益々重要なものとなっており、春には桜の名所として祭りなどが開催され、また、マラソン大会、カヌーによる川下りなどレクリエーションの場としても地域の人々にとって大変貴重なものとなっている。


くわしい情報
水土里ネットさが土地
http://www2.saganet.ne.jp/sa-tochi/index.html
土地改良偉人伝
http://www.maff.go.jp/nouson/sekkei/midori-ijin/
41sag/41sag.htm


大井手堰(石井樋〜多布施川) ★
町切用水
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