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【長野県】五郎兵衛用水

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水田を潤す五郎兵衛用水(つきせぎ)
この疏水の関連情報
疏水マップ
水土里の路ウォーキング
(五郎兵衛用水ウォーキング)
疏水の概要

■疏水の所在
長野県佐久市(旧浅科村)

■所在地域の概要
疏水の概要・特徴旧 浅科村は長野県の東玄関口佐久平のほぼ中央に位置し、浅間・蓼科連峰の雄大な山なみと千曲の清流とが織りなす美しい自然 と歴史に恵まれた田園の村です。
往古より幾多の変せんを見ながら、江戸時代には塩名田、市左衛門新田、御馬寄、矢島、五郎兵衛新田、八幡、蓬田、桑山の各村があり、それらの村が明治以降逐次合併を重ねて1955 (昭和30)年に南御牧村、中津村、五郎兵衛新田村の3か村が合併してでき た村です。
現在は、今年の4月1日に佐久市、臼田町、浅科村、望月町の4市町村が合併して佐久市となっています。

■疏水の概要・特徴
五郎兵衛用水は、今から370年も昔の17世紀の始め、市川五郎兵衛真親(さねちか)が現在の佐久市浅科の不毛の原野を水田開発するために、その生涯と私財を投じて築いた用水です。
遠 く蓼科山の山中に湧いている湧水を水源として細小路川と湯沢川の合流点(佐久市春日)で取水し鹿曲川の東側の断崖に水路を切り込み、片倉山に隧道を掘り抜き、布施の谷に導水、布施川を掛樋で渡し、百沢、八幡、矢島と山裾を回り、矢島山を隧道で掘り 抜き9 ヶ村を経て上原の大盤台(分水盤)に用水を引いてきたのです。村で最も高いところに水を通すために盛土をし、それは「土樋 (つちどい)」「築堰(つきせぎ)」と呼ばれていますが、その長さは千メートルあまりに及んでいます。
このように五郎兵衛用水は、当時の高度な土木技術によって造られ、全長はおよそ22km。完成したのは寛永7,8年の頃、つまり足かけ4 ,5年を要した大工事でした。
五郎兵衛用水は、市川五郎兵衛をはじめとする先人たちの血と汗の結晶でしたが、これを維持するのは大変な作業でした。五郎兵衛用水は、いわば土を固めただけであったため、大水や落盤などでしばしば壊れてしまい、補修にも多大の費用と労力を費やし、維持するのが大変な作業でした。
こうした努力は、江戸時代だけでなく明治、大正、昭和の時代まで続けられましたが、昭和30年半ばからの五郎兵衛用水の大改修 工事が行われ、およそ10年の歳月をかけて近代的な用水に生まれ代わり、安定的に用水が供給されるようになりました。
今では佐久市だけでなく、東御市、小諸市の一部までを潤す大切な用水となっています。



くわしい情報
市川五郎兵衛(五郎兵衛用水について)
http://www31.ocn.ne.jp/~nammoku/gorobe.html
長野県の文化財
http://www1.ocn.ne.jp/~oomi/tokusyu5.htm
五郎兵衛用水
http://www.nag-doren.or.jp/nn/data/goro-1.html


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