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【熊本県】通潤用水

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通潤橋
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疏水の概要
■疏水の所在
熊本県上益城郡山都町長原・城原  
長さ:77.50m  幅:6.65m  高さ:21.59m

■所在地域の概要
阿蘇外輪山、九州山地をのぞみながら、そこに生まれる、幾筋かの川の流れが滝を刻み、深い渓谷をうがつ、変化に富んだすばらしい自然。そして、その自然は、稲作を中心とする、高冷地野菜の産地としても知られる農業や、森を生かした林業という基幹産業をも、支えてきた。また、古くから矢部郷と呼ばれるこの一帯では、阿蘇氏の隆盛による文化も発達し、歴史のロマンにあふれる町でもある。

■疏水の概要・特徴
緑川流域の石橋群の中で、最も有名な石橋のひとつである「通潤橋」。豪快な水しぶきをあげる放水は、観光客の人気を集めている。“放水のある橋”として有名であるが、この石橋は惣庄屋の布田保之助をはじめとする多くの人々の人力と、驚くほど綿密な計算、そして技術力により造られている。
布田保之助は矢部手永の惣庄屋だった父を幼い頃に亡くし、苦労を重ねた。10代後半には、おぼろながらも水路橋架橋の構想を持っていたと言われていた。
34才の時に惣庄屋になった保之助は、水の便が悪く思うように農作物が育たず苦しんでいる農民のために、白糸台地に水を送ろうと、通潤橋の架設を計画した。棟梁として携わった石工は宇市、丈八(のちの橋本勘五郎)、甚平であった。水路橋として一番の問題は、橋より高い位置にある白糸台地にどのように水を送るかということであった。
保之助は、吹上式に注目し、通潤橋を通して白糸台地に水を送る方法を考えた。
保之助の総指揮のもと宇市ら総勢41人の石工と多くの人たちの協力で完成した通潤橋は、150年以上経った現在でも水を供給し続けているが、保之助は白糸台地に水を送る際もう一つの課題であった頑丈な通水管についても、石の筒をつなぎ合わせ、隙間を特別配合の漆喰で漏れを防ぐ方法を考え出した。その技術力の高さは、昭和46年の改修工事時に携わった人々が実感したと言われている。当時、モルタルやコンクリートなどを使い試行錯誤の上、修復した通水管は10年も経たないうちに水漏れが起こった。発展した現
代の技術力をもってしても同じように造るのは難しいということである。
したがって、平成12年の修復時には研究が重ねられ、架橋当時と同じ漆喰を再現し、忠実に通水管を修復した。布田保之助の技術は150年以上経った今でも地元の多くの人々のために生かされている。


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